RIE MIYATA
ニットにくるまれて過ごす、穏やかな場所
こんにちは。ファッションジャーナリストの宮田理江です。
8月に入り、まだ暑さが厳しい時期ですが、ファッションでは秋のムードを今から先取りしておきたいですね。秋冬のトレンドアイテムとして大きく浮上してくるのが、ニット。ふわふわとしたモヘアやアンゴラ、カシミヤ、ウールなど素材の種類も様々に用意され、それぞれにムードが変わります。上手にまとうには、ニット特有の質感をつかんで、着こなしに落とし込んでいくことが大切です。そこで、今回は秋シーズンを控えて、ニットのイメージを膨らませるストーリーをつづっていきたいと思います。
そもそも「ニット」とは何でしょうか。毎日のように着ているのに、業界人でないと意外と知らないもののようです。布には大きく分けて「織物(テキスタイル)」と「編み物(ニット)」の2種類があります。普段はあまり意識しないで、カットソーの上にジャケットを着て、といった感じで身に着けていますが、一般的にカットソーはニット、ジャケットは織物で、それぞれ別の生地からできています。
ざっくり説明すると、織物はたて糸とよこ糸が直角に交差する形で布ができていて、布は薄く平面的に仕上がります。昔話「鶴の恩返し」で鶴が機(はた)織りをしてこしらえるのは織物です。一方、編み物は糸でループ(輪っか)を作り、そのループに次の糸を引っ掛ける作業を重ねて作ります。出来上がったニットはふんわりしたソフトな風合いを持ちます。具体的には一般的なスーツやシャツの布地は織物で、靴下やTシャツ、セーター、ジャージはニットです。
ニットは伸縮性に富む点でも織物と異なります。空気が通りやすい点や、しわになりにくいところ、保温性が高い点、肌当たりがやわらかいところ、体型になじむ点なども、ニットが織物に比べて優れている長所と言えます。全体に風合いが穏やかで、表情もやさしいので、こういった持ち味を生かす形で着こなしに生かすと、ニットのよさを存分に引き出すことができます。
手編みのニットは編み手の気持ちまで一緒に編み込まれたかのような風情がぬくもりを感じさせます。とりわけ、セーターは昔から愛する人への贈り物として編み継がれてきました。ヨーロッパの島国、アイルランドで生まれた「アランセーター」はケーブル(綱)に代表される丁寧な編み模様で知られています。これらは漁民の家族が海に出る稼ぎ手の無事を願って編み上げたとされます。
カナダの先住民族が編んだ、厚手でローゲージの「カウチンセーター」も有名です。ワシやクマ、シャケ、シカ、オオカミなど、極寒の海に面した地域に生息する野生動物が編み込まれています。それぞれの素朴な絵柄は大自然に抱かれたカナダならでは。先だってバンクーバーを訪れた際に見た伝統工芸ミュージアムでは現地の動物や気候・風土を図案化したと見える様々なモチーフが編み込まれたカウチンが並び、ニットに託した彼らの大自然への尊敬の念が伝わってくるようでした。
厚手のフィッシャーマンズセーターは漁民の必需品でしたが、冬の荒れた海では遭難も繰り返されました。もし不慮の事故に遭っても、セーターの編み模様で身元が分かるようになっていたとされます。目を惹く浮き彫り風の模様が近年、脚光を浴びたケーブル編みも、漁師が使う命綱をかたどっていて、家族の祈りが込められているという説があります。こういう言い伝えにもニット特有のプライベート感やヒューマニティーが感じられます。
「編む」という行為は時間のかかる、面倒な作業です。現代では機械編みが主流ですが、今でも冬の贈り物に手編みのマフラーをこしらえる人がいるように、心を込めて編み上げるニットには編み手の気持ちが宿ります。大量生産とは別物のオンリーワン感を持ち、秋冬の装いに上質ムードを添えてくれます。
製法のところでも触れましたが、ニットはやわらかくて伸び縮みするので、ボリュームが増える秋冬の着こなしにしっくりなじみます。編み物ならではふんわりした質感、やさしい肌触りもリラックスした気分に誘い、オフの時間にぴったりです。
モヘアやカシミヤといった上質毛糸で編んだニットはたとえ薄手であっても保温性が高く、別格の気品を漂わせます。普通の毛糸とは見るからに違うクオリティーが本物を知る人柄まで印象づけます。シャツやブラウスの上に1枚重ねるだけで、十分にぬくもりをキープしてくれます。V襟のニットや、カーディガンなど、デザインの幅も広いから、着こなしの選択肢もぐっと広がりそう。風情を損なわずに長く着られる高品質ニットは、愛着を持ち続けられるライフタイムパートナーになってくれるはずです。
ノーブルな気分になれる逸品ニットをまとった日は、やはり特別な場所に足を運びたくなります。東京・渋谷の南平台に6月21日にオープンしたばかりの「ホテル エマノン(HOTEL EMANON)」はそんな気持ちで訪れたい場所。名前が示す通り、まるでホテルのような空間です。でも、実際は宿泊施設ではなく、雑貨や家具のセレクトショップとレストラン、コーヒーバーなどから構成された複合的な空間になっています。
以前は専門学校だったという建物をリノベーションして、どこか懐かしいアメリカ西海岸風の建物に仕上げています。1階に設けたセミオーガニックの「DAILY RESTAURANT(デイリーレストラン)」では、三浦半島の野菜をふんだんに用いたサラダや、ストウブ鍋料理、パスタ、グリルなどが味わえます。「NATURAL FOOD」「EAT LOCAL」をキーワードに「毎日食べられる」メニューを用意。ロングテーブルでは目の前でシェフが調理してくれます。
同じ1階にある「COFFEE BAR(コーヒーバー)」では、選び抜かれたスペシャリティコーヒーが堪能できます。セレクトショップでは「HOTEL EMANON」で使用しているカトラリーやマグカップなどの一部は買い求めることもできるそう。店内に設置してある照明器具や家具も購入できるものがあり、心地よく過ごしながら気に入ったアイテムをじっくり選ぶこともできる、新しいライフスタイル提案型のセレクトショップとなっています。
本格的なニットのよさは、気取って見えないのに、静かな気品が漂い、着心地もリラクシングなところ。あまり伸びない織物とは違って、身体を締め付けないので、1日ずっと着ていても伸びやかな気分で過ごせます。だから、オプライベートな時間を自分のペースで楽しむのにうってつけ。「HOTEL EMANON」のような、穏やかな時が流れる場所で、ニットと戯れる1日を過ごしてみたいと思いませんか。
HOTEL EMANON(http://hotelemanon.com/)